恋は儚(はかな)く、愛は永遠。

恋は儚いから恋なのである。永遠の恋などという言い方はしない。だから悲しく、切なく、美しいのである。辞書で引くと、〔儚い〕①束の間であっけないさま。むなしく消えていくさま。「―・命」「―・恋」②不確実であったり見込みがなかったりして、頼りにならないさま。「―・望み」③めどがつかない...と、ある。片想いであり、両想いであれ、やがては消える運命なのです。だから恋に期待し、永遠に続くことを望むのは無理なことなのです。刹那(せつな)的なのです。でも「恋心」という言葉は、なんと美しく、心ときめく響きであろうか。

反対に「恋に溺れる」「恋に狂う」など恋は人を惑わせる危険なものでもあります。そんな儚く危険な恋に私達はあこがれ、求めるのです。でもやがては儚く消えてゆく恋を消さないためにはその恋を「愛」に昇華させなければなりません。良く言われる言葉で「恋は奪うもの」「愛は与えるもの」と言いますが、恋は自分中心的、愛は対象相手(人とは限らない)が中心と言えるでしょう。あなた無しでは生きていけないなどと言われると舞い上がってしまいますが、「あなた」の対象は他にいくらでもいるのです。これが自分中心的な想いであって、あなたの想いや考えとは関係無しに、私はあなたを必要としている…ということなのです。愛している人に対しては、こんな言い方はしないものです。もちろん愛と恋の境界線がある訳ではありません、奪ったり、与えたり、悩んでみたり、けんかしたり、仲直りしたりしながら徐々に愛へと昇華していくのではないでしょうか。

「「愛(いと)しい」「愛(め)でる」とも書くように愛は対象相手が中心なのです。でもやっぱり恋がしたい!皆そうなのです。人は儚いものにあこがれ、引きつけられ、虜(とりこ)になってしまうのです。恋心ほど、さまざまな想いに心を揺れ動かす感情はないのではないでしょうか。極端に言えば恋心ほど生きている実感を味わう瞬間はないように思います。人はいくつになっても恋心をもち続けいたいものです。

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